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H26~フランス=ソルボンヌ大学からの留学報告Vol.13

4bc3f192da2c9adad851bf0f518952d3_M.jpg音楽研究科博士後期課程(音楽学) 七條 めぐみさん

明けましておめでとうございます。昨年に引き続きフランスで新年を迎えました。元日の朝には少し早起きをしてパリ北部のモンマルトルの丘へ行き、初日の出を見てきました。冬のパリは雲に覆われ、なかなか日の光に恵まれませんが、この日は珍しくきれいに晴れ、じわじわと顔を出す太陽がくっきり見えました。前後の日の天気が悪かったことを思うと、一日の晴れ具合は本当に奇跡的です。おかげで美しい初日の出を拝み、その後サクレ・クール寺院に「初詣」もするという日本らしいお正月の気分を味わうことができました。
さて、今回は12月中旬にベルリンで調査したことを報告しようと思います。私の研究テーマ「アムステルダムの楽譜出版におけるフランス・バロックオペラの加工の実態」では、大きく分けて二つの問題を扱っています。一つは17世紀末から18世紀前半にかけてのアムステルダムでフランス音楽がどのように出版・編曲されたのか。もう一つはそれらの楽譜が出版後にどのように受容されたのか。二点目については最近着手したばかりでまだ手探り状態ですが、それに関連する調査をベルリンで行ってきました。
まず、ベルリンに行った目的を簡単に説明したいと思います。私が注目しているアムステルダムの楽譜出版社ロジェは、17世紀末から18世紀前半にかけて活動し、イギリスやドイツに多くの代理人(エージェント)を置いていました。これまでの研究では、ロジェがエージェントのネットワークを通じて楽譜を広く販売していただろうという言及はなされているものの、どのような楽譜がどのくらい売られていたのか、踏み込んだことは分かっていません。以前私はエージェントの活動について何か分からないかと思って調べていましたが、ハンブルクの代理人だったヨハン・クリスティアン・シックハルト(1682-1762)が作曲家として名を残している以外、ごくわずかな事しか出てきませんでした。そこで、当時の楽譜の流通について分かる史料があればいいなと思い、ロジェと同時代や後世の出版カタログに、アムステルダムの出版譜が残されていないか調べてみることにしました。もっとも、ロジェが活動していた当時の中部・北部ドイツでは、出版カタログがそれほど整備されておらず、楽譜の販売状況を知ろうにも史料がない状態です。しかし、後世のカタログにアムステルダムの出版譜が残っている可能性も否定できないと、18世紀後半の出版カタログを見るためにベルリン国立図書館に行くことにしました。

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ベルリンを訪れるのは初めてのことで、今回はベルリン芸術大学に留学している畑野小百合さんにコンタクトを取り、現地を案内していただきました。国立図書館は市内の2か所に分かれていますが、音楽に関するものはウンター・デン・リンデン沿いの建物に収められています。手始めに、先行研究から事前にリストアップしたものを館内のパソコンで検索してみましたが、ほとんどのものがヒットしません。司書さんに事情を伝えると、マイクロフィッシュかもしれないとのお返事。そこで、教えられた場所に行き棚を開けてみると、楽譜の出版・販売カタログらしきマイクロフィッシュがずらり...!どうやらベルリンには18・19世紀の出版カタログが大量に所蔵されているものの、マイクロフィッシュはオンライン検索では出てこないだめに、パソコンからでは確認できなかったようです。ひとまず、事前に目星をつけてきた中でも年代の古いものを選び、中身を見ていくことにしました。
マイクロフィッシュとは、マイクロフィルムがカード状になったもので、葉書ほどのサイズのプレートに数十個の写真が焼き付けられています。今回の調査では、4種類のマイクロフィッシュを選び、その中に収められている56のカタログを一つずつ見てアムステルダム版がないか探しました。その結果、ベルリンの「新ベルリン音楽店Neue Berlinischen Musikhandlung」(1792年)とハンブルクの「マインMeyn」社(1797年)の出版カタログに、アムステルダム由来の出版譜が数多く見つかりました。ただし、これらのほとんどは18世紀後半に活動したフンメル社の出版物です。ロジェ社が出版活動を行っていたのは1743年までで、残念ながら半世紀後のカタログの中にはその痕跡がほとんど残っていませんでした。しかし、マイン社のカタログに見られるフンメルの出版物の中には、もともとロジェ社によって出版された楽譜がわずかに含まれていました。ジュゼッペ・タルティーニ(1692-1770)の2つのヴァイオリン独奏曲集がそれに当たります。この楽譜は1734年と1743年にロジェの後継者ル・セーヌによって出版された後、フンメルの手に渡り、1765年以降のフンメル社によって販売されていたことがカタログから確認できます。その楽譜がマイン社にも受け継がれていたのです。このように、ロジェ社によって出版された楽譜の一部が、18世紀末のカタログでフンメル版の衣を着て存在していることが分かりました。
今回調査したカタログでは、ロジェとの関連がはっきりと分かったのはこのタルティーニの楽譜のみでした。また出版地がアムステルダムとなっている楽譜でも、内容は古典派の作品かバロック時代のイタリアの作品となっていて、フランス・バロック音楽の受容という観点では有力な証拠を得られませんでした。しかしカタログを通じて、18世紀末のベルリンやハンブルクで、ヨーロッパのさまざまな都市で出版された楽譜が流通していたことが分かり、当時の音楽伝承の様子を窺うことができます。おそらくロジェが活動していた時代にも同じように楽譜が流通していたことが想像でき、今後の調査に対して前向きな予測をもつことができました。さて、ベルリンでは畑野さんに大変お世話になりました。調査の初日には図書館のカードの作り方や資料の請求の仕方を丁寧に教えてくださり、カタログのありかを司書さんに聞いてくださったおかげでマイクロフィッシュに辿りつくことができました。また、ベルリン初心者の私を気遣って、ポツダム広場からブランデンブルク門に至りベルリン大聖堂に抜ける市内の名所を案内してくださいました。一人で行動していたら調査にもっと時間がかかっただろうし、図書館とその周辺しか足を伸ばさなかっただろうと思います。この場を借りてお礼申し上げます。畑野さん、ありがとうございました!

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Tel:0561-76-2843
Fax:0561-62-0083
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