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H26~フランス=ソルボンヌ大学からの留学報告Vol.15

音楽研究科博士後期課程(音楽学) 七條めぐみさん

2月から3月にかけて、ハーグにあるオランダ国立図書館とパリのフランス国立図書館で『アムステルダムゼ・クラントAmsterdamse Courant』と『ガゼット・ダムステルダムGazette d'Amsterdam』の調査をしていました。いずれも17世紀末から18世紀にかけてアムステルダムで発行されていた新聞で、前者はオランダ語、後者はフランス語で書かれています。いま私はアムステルダムの楽譜出版家の活動の一端を明らかにするために、1680年から1740年の両紙を見て、音楽に関する広告を集めています。近頃は特に『ガゼット・ダムステルダム』(以下『ガゼット』)の方に注目しているので、どんな新聞で、どのような広告が含まれているのかを簡単に紹介します。
『ガゼット』はオランダで発行された初の国際新聞で、1688年から1795年にかけて週2回のペースで出されていました。記事の大半は各国の政治や貿易の状況で、フランス、イギリス、ドイツといった近隣諸国だけでなく、ロシアやトルコのような遠く離れた土地のことも書かれています。扱われるエリアは広いですが、現在のように何面も記事があるのではなく、A3用紙4ページ分に収まる程の分量です。また、記事の終わりにある広告欄には、書店や医者、人探しなどさまざまな告知が載せられています。その中で音楽に関するものはごくわずかで、例えば1708年の『ガゼット』には199件の広告がありますが、そのうち音楽関連は10件(3種類)にとどまります。一方で多数を占めるのは書籍の広告で、アムステルダム、ハーグ、ロッテルダムなどオランダ各地やパリの書籍商が新刊を告知しています。中には予約や定期購読をしたら安くなりますよ、と書いてある場合もあり、当時の書籍の販売方法を窺い知ることができます。また、個人の蔵書の売り出しや、盗みを働いて逃げ出した使用人を探す広告もあり、書店はそれらの窓口ともなっていました。その他には、宝くじや怪しげな医薬品、東洋との貿易品の販売広告も多数見られます。(「あらゆる病気を治す軟膏」や、日本の陶器などが売られています!)私はフランスに留学する前、井上さつき先生主催の「鈴木政吉プロジェクト」で『名古屋新聞』(中日新聞の前身)の音楽関連記事を調査していました。大正時代の紙面を見ていて、その中にも「太り薬」といった怪しげな広告がありましたが、時代や国が変わっても広告の本質はあまり変化しないのかなと思いました。現代でも、「飲むだけで痩せる!」などの謳い文句はよく見かけますしね。

それでは、広告の中で気になったものを二つ取り出して紹介します。
①接着剤の広告
「アントワーヌ・モローが粘着性の新しいピッチを開発しました。これはいかなる大きな〔荷物の〕上げ下ろしにも耐えることができ、まったく邪魔になることはありません。これまでに開発された技術の中で最も役に立つ発明です。」(1704年2月1日第10号ほか)
ピッチ(英:pitch、仏:brai)というのは石油やコールタールを蒸留させた時に得られる粘着性の残留物で、船や樽の耐久・防水性を高めるために使われた物質です。おそらくここで宣伝されているのは、船そのものの耐久剤よりも、積荷を上げ下ろしする際の接着剤ではないかと思います。というのも、オランダでは運河に沿って家が建てられ、間口が狭かったので荷物をロープで吊って船から運び入れていました。この広告が1700年代の『ガゼット』にくり返し現れているように、接着剤の需要が継続的にあったのだと思われます。後半部分はちょっと誇張されている気がしますが、運河とともに暮らすオランダの人々の様子が現れているなと感じました。
②郵便馬車の告知
「ナールデンの郵便馬車についてお知らせします。オスナブリュック経由でハンブルクへ、ならびにハノーファー経由でブラウンシュヴァイク、ライプツィヒ、ベルリン、ダンツィヒ、ミンデン、ブレーメン、ハーメルン、カッセル、フランクフルトおよび他の近隣の街へ行く馬車が、夏季のため新たに、月曜日と金曜日の午後3時に、つまり10時にアムステルダムを発つ船の到着時に出発します。どの便も人および商品の移送のためにお使いになれます。2頭あるいは4頭立ての特別な馬車が必要な方には、別の日に用立てます。」(1707年3月29日第25号ほか)
ドイツ・ポーランド方面に向かう郵便馬車のお知らせですが、かなり遠くまで走っていることに驚きました。アムステルダムの東に位置するナールデンから、広告に登場する中で最も遠いダンツィヒ(現ポーランドのグダニスク)までは直線距離で約923km、そこからフランクフルトまでは約825kmです(ちなみに名古屋-札幌間が約955km)。陸続きのヨーロッパでは確かに馬車でどこまでも行けますが、ナールデンを出発して戻ってくるまでに一体何日かかったのでしょう。私がこれまでに見た中では、ドイツ方面とスイス方面の郵便馬車の広告がありましたが、フランスやイタリアへ向かうものはありませんでした。それらの地域との交流ももちろんあったはずですが、なぜ馬車の告知は見当たらないのでしょうか。ひょっとすると、大西洋や地中海に面した都市とは陸路ではなく海路でつながっていたのかも知れません。当時の交通・郵便事情について知ることは楽譜販売・流通がどのように行われていたかを知る手がかりにもなるので、今後も勉強を続けていきたいと思います。
オランダは17世紀にバルト海・大西洋の貿易で急激に発展した国です。『ガゼット』の記事や広告からは、当時のオランダが国際的に開けた貿易国家であり、そのような認識が一般の人々の生活にも浸透していたことが窺えます。こうした国際的なバランス感覚は、私がオランダに行って肌で感じたことでもあり、国の歴史とともに培われてきたものだということが分かりました。ところで肝心の音楽の広告では、楽譜の販売、オペラの上演、音楽のレッスンなどの告知が見られます。今後は『ガゼット』に見られる音楽関連広告を網羅し、出版家の活動と照らし合わせることで、楽譜の出版と販売がどのような事情を反映しながら行われたのかを明らかにしていく予定です。(『ガゼット』についてはフランス国立図書館所蔵の電子版を見ているので、写真をお見せすることができません。参考に『アムステルダムゼ・クラント』の一部を紹介します。裏面の一番下に楽譜の広告があります。)

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Tel:0561-76-2843
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